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東京地方裁判所 平成10年(ワ)13754号 判決 2000年8月31日

原告

日亜化学工業株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

山上和則

吉利靖雄

右補佐人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

被告

豊田合成株式会社

右代表者代表取締役

【F】

右訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

嶋末和秀

黒田健二

右補佐人弁理士【G】

【H】

【I】

主文

一  被告は別紙物件目録四、五記載の発光ダイオードチップを製造し、使用し、販売し、販売のために展示してはならない。

二  被告は、その所有に係る別紙物件目録四、五記載の発光ダイオードチップを廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成一二年三月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告の製造・販売等に係る発光ダイオードチップが原告の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権を侵害しているとして、その発光ダイオードチップの製造・販売等の差止め及び損害賠償(平成一二年三月二七日付け訴変更の申立書送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を含む。)等を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、蛍光体及び各種の発光材料並びに関連する応用製品、電子工業製品に関係する部品及び素材の製造・販売並びに研究開発等を業とする株式会社である。

被告は、自動車・搬送機器・船舶等の各種輸送機器用、農業機械・建設機械・工作機械用、家庭電気機器用及び給排水等に関する住宅設備機器用のゴム・合成樹脂・ウレタン製品、半導体を利用する表示・標識器具、電気・電子部品その他の製造並びに販売等を業とする株式会社である。

2  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

特許番号 第二七四八八一八号

発明の名称 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子

出願日 平成五年五月三一日

登録日 平成一○年二月二○日

3  本件特許権の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項3の記載は、次のとおりである(以下、この発明を「本件発明」という。)。

「基板上にn型窒化ガリウム系化合物半導体層及びp型窒化ガリウム系化合物半導体層とを有し、p型窒化ガリウム系化合物半導体層の表面にp電極が形成され、ほぼ矩形をなすp型窒化ガリウム系化合物半導体層の一部が除去されて露出されたn型窒化ガリウム系化合物半導体層表面にn電極が形成され、p電極とn電極とが同一面側に形成されてなる窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記p電極は、前記p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成されたワイヤーボンディング用の台座電極と、その台座電極の下にp型窒化ガリウム系化合物半導体に接して形成された台座電極よりも大面積を有する電流拡散用、かつオーミック用の金属薄膜よりなる透光性電極とからなり、前記n電極は、ほぼ矩形をなすn型窒化ガリウム系化合物半導体層において、前記台座電極と対角をなす位置で、p型窒化ガリウム系化合物半導体層がエッチング除去されたn型窒化ガリウム系化合物半導体層表面に形成された、ワイヤーボンディング用の電極からなり、前記透光性電極が、対角の位置にある台座電極とn電極との間で、かつ発光観測面となるp型窒化ガリウム系化合物半導体層表面のほぼ全面にあり、台座電極とn電極との通電により、透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される発光面を有することを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」

4  本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説した各構成要件を、その符号に従い、「構成要件A」のように表記する。)。

A 基板上にn型窒化ガリウム系化合物半導体層及びp型窒化ガリウム系化合物半導体層とを有している発光素子である。

B p型窒化ガリウム系化合物半導体層の表面にp電極を形成している。

C ほぼ矩形をなすp型窒化ガリウム系化合物半導体層の一部が除去されて露出されたn型窒化ガリウム系化合物半導体層表面に、n電極を形成している。

D p電極とn電極とを同一面側に形成している。

E 前記p電極は、前記p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成されたワイヤーボンディング用の台座電極と、その台座電極の下にp型窒化ガリウム系化合物半導体に接して形成された台座電極よりも大面積を有する電流拡散用、かつオーミック用の金属薄膜よりなる透光性電極とからなる。

F 前記n電極は、ほぼ矩形をなすn型窒化ガリウム系化合物半導体層において、前記台座電極と対角をなす位置にあり、p型窒化ガリウム系化合物半導体層がエッチング除去されたn型窒化ガリウム系化合物半導体層表面に形成された、ワイヤーボンディング用の電極からなる。

G 前記透光性電極が、対角の位置にある台座電極とn電極との間で、かつ発光観測面となるp型窒化ガリウム系化合物半導体層表面のほぼ全面にある。

H 台座電極とn電極との通電により、透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される発光面を有する。

5  被告は、平成一〇年二月二〇日から平成一二年一月末日までの間、青色発光ダイオードチップ及び緑色発光ダイオードチップ(以下、それぞれ「ニ号物件」、「ホ号物件」といい、これらを「被告製品」と総称する。なお、イ号ないしハ号は欠番である。)を製造し、使用し、販売していた(被告が現在も被告製品の製造・販売等をしているかどうかについては、争いがある。)。被告製品は、別紙物件目録四、五(以下、これらを「物件目録」と総称する。なお、物件目録一ないし三は欠番である。)記載の構成のうち、少なくとも物件目録添付の各図面(以下「目録図面」という。)の符号4-4の層が活性層、符号4-3の層がクラッド層である点(この構成を備えているかどうかについては、争いがある。)を除いた構成を備えている。

6  被告製品は、構成要件AないしDをそれぞれ充足する。

7  被告は、被告製品の製造・販売によって、少なくとも一億円の利益を得た。

二  争点

1  被告製品が物件目録記載の構成を備えているか。すなわち、目録図面の符号4-4の層が活性層であり、符号4-3の層がクラッド層であるかどうか。

2  被告製品が本件発明の技術的範囲に属し、その製造・販売等が本件特許権を侵害する行為に該当するかどうか。

(一) 被告製品が構成要件Eを充足するか。殊に、被告製品の台座電極8が「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された」ものといえるか。

(二) 被告製品が構成要件Fを充足するか。殊に、被告製品のn電極6がn型窒化ガリウム系化合物半導体層において「台座電極と対角をなす位置にある」といえるか。

(三) 被告製品が構成要件Gを充足するか。殊に、被告製品の透光性電極7が「台座電極とn電極との間‥‥にある」といえるか。

(四) 被告製品が構成要件Hを充足するか。殊に、被告製品において、台座電極8とn電極6との通電により、「透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」といえるか。

3  先願特許実施の抗弁の成否

4  差止請求の可否

5  原告の損害額

三  当事者の主張

1  争点1(被告製品が物件目録記載の構成を備えているか)について

(原告の主張)

被告製品は、目録図面の符号4-4の層が活性層、符号4-3の層がクラッド層であり、物件目録記載の構成を備えている。

被告は、被告製品の構成について、目録図面の符号4-2の層の上には、InGaN層(5)、GaN層(6)、InGaN層(7)、GaN層(8)、InGaN層(9)、GaN層(10)、InGaN層(11)、GaN層(12)、符号5-1の層が順次積層されており、右の層(7)ないし層(11)が発光層、層(6)がクラッド層であって、層(12)及び層(5)は、それぞれ発光層、クラッド層ではないと主張する。しかし、被告発行の「豊田合成技報Vol.39 No.1 1997 」(甲第一七号証)によれば、右の層(7)ないし層(11)に層(6)及び層(12)を加えたものが、活性層でもあり発光層でもある「GaInN/GaN MQW 層」に該当することは明らかであり、これは、目録図面の符号4-4の層に相当する。また、「分析結果報告書」(甲第六号証)によれば、被告製品における「MQW 層」の下方(基板側)にある「n型Ga0.98In0.02N 層」が「n型クラッド層」であるといえ、これは、被告主張の層(5)に該当するとともに、目録図面の符号4-3の層に相当する。

(被告の主張)

被告製品の構成については、目録図面の符号4-4の層が活性層であり、符号4-3の層がクラッド層であることを否認する。

原告各目録の符号4-2の層の上には、InGaN層(5)、GaN層(6)、InGaN層(7)、GaN層(8)、InGaN層(9)、GaN層(10)、InGaN層(11)、GaN層(12)、符号5-1の層が順次積層されており、右の層(7)ないし層(11)が発光層、層(6)がクラッド層であって、層(12)及び層(5)は、それぞれ発光層、クラッド層ではない。

2  争点2(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について

(原告の主張)

(一) 被告製品の台座電極8は、目録図面記載のとおり、符号5-2の層上の、模式平面図に示されている位置にあり、「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された」ものといえる。したがって、被告製品は、構成要件Eを充足する。

(二) 被告製品のn電極6は、目録図面記載のとおり、符号4-2の層上の、模式平面図に示されている位置にあり、n電極6は、ほぼ矩形をなすn型窒化ガリウム系化合物半導体層において、「台座電極と対角をなす位置にある」といえる。したがって、被告製品は、構成要件Fを充足する。

(三) 被告製品の透光性電極7は、目録図面記載のとおり、断面的に見ても、平面的に見ても、「台座電極とn電極との間‥‥にある」といえる。したがって、被告製品は、構成要件Gを充足する。

(四) 被告製品は、右のとおり、構成要件EないしGを充足しており、それに伴って本件発明と同じ作用効果(すなわち、(1)n型電極はn型層の隅部で、p型電極はp型層の隅部でそれぞれワイヤーボンディングされているため、電極で発光が遮られることなく効率よく外部へ発光を取り出せること。(2)チップサイズが小さくでき生産性が向上すること。(3)n型層の電極とp型層の電極とを対角線上、つまり最も距離の離れた位置に配置することにより、電流を均一に広げることができ、発光効率がさらに向上すること。(4)p型層の電極を透光性にし、p型層のほぼ全面に形成することにより電流がp型層全面に均一に流れ、しかも発光は透光性電極を通して電極側から観測できること。)を奏していることは明らかであり、構成要件Hを充足する。

(五) 被告は、本件発明について、台座電極やn電極の大きさがチップ(基板)及び透光性電極の大きさに対し相対的に小さい場合を前提とするものと捉えた上、被告製品のn電極6及び台座電極8がチップや透光性電極7の大きさに対し相対的に大きな面積を占めていることなどを理由として、台座電極8がp型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成されているとはいえず、また、n電極6が台座電極8と対角をなす位置にあるとはいえないなどと主張する。しかしながら、本件発明においては、電極の面積がある程度大きいことが前提とされており、被告製品のように、電極がチップの大きさに対し相対的に大きな面積を有しているからこそ、対角線上の隅部の一部を利用する必要性が生じるのであって、被告の主張は失当である。

(六) 以上によれば、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属し、その製造・販売等は、本件特許権を侵害する行為に該当する。

(被告の主張)

(一) 本件発明は、台座電極、n電極、p型窒化ガリウム系化合物半導体層の位置関係によって、電流の広がりを均一とし、均一の発光を得ることを特徴とするものであるが、公知技術(昭六二-二六七五号公開特許公報(乙第七号証)等)、本件特許出願の経緯(殊に、平成九年八月一九日付け拒絶理由通知書(乙第六号証)に対する同年一一月一〇日付け手続補正書(乙第八号証)及び同日付け意見書(乙第九号証)の記載)等に照らせば、本件特許権の願書に添付した図面(以下「本件図面」という。)・図3のように、チップ(基板)及び透光性電極の大きさが台座電極やn電極に比べてはるかに大きい場合を前提として、n電極と台座電極を対角線上の最も遠く離れた位置に配置することにより、電流の広がりや発光の均一性を向上させようとするものというべきである。

(二) 右(一)によれば、構成要件Eにいう「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された‥‥台座電極」とは、構成要件Fにいうn電極が「台座電極と対角をなす位置にある」という構成と相まって、電極の大きさがチップ全体の大きさに対し相対的に小さい素子を前提に、台座電極がp型窒化ガリウム系化合物半導体層の対角線上、n電極から最も離れた位置にあることを意味するというべきである。しかるに、被告製品の台座電極8は、チップの大きさに対し相対的に大きな面積を占めており(基板を四等分した領域に収まる程度の大きさである。)、目録図面の符号5-2の層の対角線上、n電極6から最も離れた、右層の隅部の一部に形成されているとはいえない。したがって、被告製品は、構成要件Eのうち「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された‥‥台座電極」という構成を備えておらず、構成要件Eを充足しない。

(三) 前記(一)によれば、構成要件Fにいうn電極が「台座電極と対角をなす位置にある」とは、構成要件Eにいう「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された‥‥台座電極」という構成と相まって、電極の大きさがチップ全体の大きさに対し相対的に小さい素子を前提に、n電極と台座電極とが対角線上の最も離れた位置にあることを意味するというべきである。そして、構成要件Fにいう「対角をなす位置」が、均一な電流の広がりと発光を実現するために採用されている構成であることに照らせば、単に電極部分だけではなく、実質的に電極として機能する部分が「対角をなす位置にある」ことが必要であると解される。しかるに、被告製品のn電極6及び台座電極8は、目録図面の模式平面図上、その中心点が符号4-2の層の正方形の対角をなす位置にあるものの、チップの大きさに対し相対的に大きな面積を占めており(基板を四等分した領域に収まる程度の大きさである。)、また、両電極が近接して配置されているので、電極として有効に機能する部分が広がりを有している。したがって、被告製品は、n電極6が「台座電極と対角をなす位置にある」とはいえず、構成要件Fを充足しない。

(四) 透光性電極は、台座電極との関係では、必ずその下に存在するものであり、厳密には透光性電極がn電極と台座電極との間にあるということはあり得ないこと、前記(一)のとおり、本件発明がチップ(基板)及び透光性電極の大きさが台座電極やn電極に比べてはるかに大きい場合を前提としていることなどに照らせば、構成要件Gにいう透光性電極が「台座電極とn電極との間‥‥にある」という構成は、電極の平面的な位置関係について述べたものであり、透光性電極の上で台座電極の占有する部分が小さく、透光性電極の大部分が台座電極とn電極の間にあるといえるようなものを表わしていると解される。しかるに、被告製品においては、n電極6及び台座電極8が透光性電極7の大きさに対し相対的に大きな面積を占め、透光性電極7は、n電極6に対する位置関係において、台座電極8の前方ばかりでなく側方にも後方にも広がっており、台座電極8とn電極6との間にあるとはいえない。したがって、被告製品は、構成要件Gを充足しない。

(五) 構成要件Hの「均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」という作用効果は、本件発明における台座電極、n電極及びp型窒化ガリウム系化合物半導体層の配置によって実現される効果である。しかるに、被告製品においては、n電極6及び台座電極8が極めて近接して配置されており、本件発明に係る電極配置を備えていない。

また、前記(一)のとおり、本件発明は、チップ(基板)及び透光性電極の大きさが台座電極やn電極に比べてはるかに大きい場合を前提としており、被告製品のように、n電極と台座電極とが近接して配置され、それらの大きさがチップ全体の大きさに対し相対的に大きい場合には、構成要件Hにいう「台座電極とn電極との通電により、透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」という効果を奏しない。これは、乙第一〇号証(試験・研究報告書)のコンピュータ・シミュレーションの結果からも明らかである。すなわち、被告製品とほぼ同じチップ及び電極の大きさを有する発光素子のモデルを用いてコンピュータ・シミュレーションを行い、台座電極とn電極とを被告製品のように矩形の対角線上で対向する位置に配置したもの(モデルA)と、中心線上で対向する位置に配置したもの(モデルB)とで、電流密度(発光強度)分布を比較したところ、そのシミュレーション結果によれば、両者の間に有意な差異はみられず、台座電極とn電極とを矩形の対角線上で対向する位置に配置したものが中心線上で対向する位置に配置したものと比べてチップ全体の電流密度の均一性が優れているとはいえない。したがって、被告製品のように、n電極と台座電極とが近接して配置され、それらの大きさがチップ全体の大きさに対し相対的に大きい場合には、構成要件Hにいう「台座電極とn電極との通電により、透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」という効果を奏するものではない。

したがって、被告製品は、構成要件Hを充足しない。

(六) 以上によれば、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属するものではなく、その製造・販売等は、本件特許権を侵害する行為に該当しない。

3  争点3(先願特許実施の抗弁の成否)について

(被告の主張)

被告は、本件発明の特許出願の日である平成五年五月三一日より前に出願された第二六二三四六六号特許(平成二年二月二八日出願。以下「被告第一特許」という。)及び第二六六六二二八号特許(平成三年一〇月三〇日出願。以下「被告第二特許」という。)に係る特許権を有しており、特許法六八条によってこれを専ら実施する権利を有しているところ、被告製品は、いずれも被告第一特許及び被告第二特許の各発明を実施したものである。したがって、被告は、被告製品が本件特許権を侵害することを理由とする本訴請求に対し、特許法六八条に基づき、「先願特許実施の抗弁」を有する。

(原告の主張)

被告第一特許及び被告第二特許の各発明と本件発明とは、異なる構成要件からなる異なる発明であり、ある技術態様が被告第一特許及び被告第二特許の各発明の技術的範囲に属すると同時に、本件発明の技術的範囲にも属することがあり得ることは、多言を要しない。その場合には、被告第一特許及び被告第二特許の各発明の技術的範囲に属する技術態様であっても、これを原告に無断で実施した場合には、本件特許権の侵害となる。このように、たとえ先願特許発明の実施であっても、後願の他の特許発明の技術的範囲にも属し、その特許権の侵害を構成することがあり得るのであるから、「先願特許の実施」であるからといって、それだけで直ちに本件特許権の侵害に対する抗弁が成立することにはならない。したがって、被告の「先願特許実施の抗弁」は、適法な抗弁たり得ない。

4  争点4(差止請求の可否)について

(原告の主張)

被告は、平成一二年二月一日以降も被告製品を製造し、使用し、販売しており、仮にそうでなくとも、将来において、被告製品を製造し、使用し、販売するおそれがある。したがって、原告は、被告に対し、被告製品の製造・販売等の差止めを求めることができる。

(被告の主張)

被告は、平成一一年秋以降新製品への移行を進めていたところ、平成一二年一月末までにこれを完了し、現在は、被告製品を製造・販売していない。したがって、原告の差止請求は理由がない。

5  争点5(原告の損害額)について

(原告の主張)

被告は、平成一〇年二月二〇日から平成一二年一月末日までの間、被告製品を製造・販売し、一〇六億三七八三万九一七三円の利益を得た。

よって、特許法一〇二条二項に基づき、損害賠償として、一〇六億三七八三万九一七三円の内金一億円の支払を求める。

(被告の主張)

被告製品の製造・販売によって被告の得た利益が一〇六億三七八三万九一七三円であったことは否認するが、それが少なくとも一億円であったことは認める。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告製品が物件目録記載の構成を備えているか)について

甲第一七号証は、被告発行の技術雑誌「豊田合成技報 Vol.39 No.1 1997 」に掲載された、被告従業員らの開発に係るGaInN/GaN多重量子井戸構造を用いた青/緑色発光ダイオードについての報告記事であるが、その「Fig.1」においては、Siドープn型GaN層の上に順次積層された、GaN層、GaInN層、GaN層、GaInN層、GaN層、GaInN層、GaN層からなる層について、MQW層(多重量子井戸層)と図示され、その本文においては、このGaInN/GaN MQW層が「活性層」でもあり「発光層」でもある旨が記載されている。

また、甲第六号証は、被告製品の構造・組成を分析した結果についての総合報告書であるが(甲第七号証ないし第一三号証は、その個別分析結果についての報告書である。)、これには、ニ号物件について、Siドープn型GaN層の真上に、n型Ga0.98In0.02N層;160~180nmが形成され、その上に、多重積層構造(MQW)層(GaN;6nm, Ga0.90In0.10N;2nm, GaN;8nm, Ga0.90In0.10N;2nm, GaN;8nm,Ga0.90In0.10N;2nm, GaN;6nm )が形成されており、この多重積層構造層上に、p型のMgドープ(0.9~8×1019/cm3)Al0.17Ga0.83N層;46nm、さらにその上に、p型のMgドープ(4~6×1019/cm3)GaN層;70nm が順次形成されていること、ホ号物件について、Siドープn型GaN層の真上に、n型Ga0.97In0.03N層;160~180nmが形成され、その上に、多重積層構造(MQW)層(GaN;18nm, Ga0.90In0.10N;2nm, GaN;19nm, Ga0.90In0.10N;2nm, GaN;19nm, Ga0.90In0.10N;2nm,GaN;16nm)が形成されており、この多重積層構造層上に、p型のMgドープ(1×1019~1×1020/cm3)Al0.20Ga0.80N層;46nm、さらにその上に、p型のMgドープ(6×1019/cm3)GaN層;52nmが順次形成されていることが記載されており、Siドープn型GaN層の真上に形成されているn型GaInN層は、MQW層を形成する各層の膜厚に比べて相当大きい膜厚を有し、また、層中のInの含有比率がMQW層を形成する各層のそれに比して少なく、そのバンドギャップエネルギーが大きいことが示されている。

これらの証拠に照らせば、被告製品は、目録図面の符号4-4の、GaN 層とGaInN層との積層構造からなる層が活性層であり、その層の下方の符号4-3の層がクラッド層であるといえ、物件目録記載の構成を備えているものと認められる(なお、仮に被告製品が被告の主張するような構成を有していたとしても、その点は、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するかどうかの判断に、影響しない。)。

二  争点2(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について

1  構成要件E及びFの充足性

(一) 本件明細書の「作用」欄には、「本発明の発光素子はn型層の電極がそのn型層の隅部でワイヤーボンディングされており、さらに、p型層の電極がそのp型層の隅部でワイヤーボンディングされているため、電極で発光を遮られることなく効率よく外部へ発光を取り出すことができる。‥‥さらに、n型層の電極とp型層の電極とを対角線上、つまり最も距離の離れた位置に配置することにより、電流を均一に広げることができ、発光効率がさらに向上する。」と記載されており(特許公報(甲第二号証。以下「本件公報」という。)七欄二三行ないし三三行)、「発明の効果」欄には、「本発明の発光素子はボンディング位置がその発光素子の隅部にあるため、電極、ボンディング用電極、ボール等で発光を遮ることが少なくなり発光素子の発光効率を向上させることができる。‥‥さらに好ましくは両電極を隅と隅との対角線上に配置することにより、p型層の電流を均一に広げることができ均一な発光が得られる。」と記載されている(同八欄二二行ないし三一行)。また、「課題を解決するための手段」欄には、「電極4をn型層2の隅部としてワイヤーボンディングすることにより、p型層3の面積を大きくすることができ、広範囲の面積で発光を得ることができる。さらに、電極5のワイヤーボンディング位置をp型層3の隅部とすることにより、発光をボール6で遮ること少なく外部に取り出すことができる。」(同六欄八行ないし一三行)、「p型層3に形成された電極5をワイヤーボンディングするには、他にp型層3の隅(例えば、図1に示すa点、b点)でも良いが、図1に示すように、それらが対角線上の端にあること、つまりn型層の電極4をワイヤーボンディングする位置と、p型層の電極5をワイヤーボンディングする位置とは、同一側面からみて対角線上の端にあることが特に好ましい。なぜなら、ワイヤーボンディング位置を互いに対角線上の端とすることにより、電流が電極5から電極4に流れ、均一な面発光が得られる。‥‥従って、同一窒化ガリウム系化合物半導体層から正、負両極を取り出す場合、そのワイヤーボンディング位置を電極4から最も離れた位置とすることにより、p型層3内に均一に電流を流すことができるため、均一な面発光が得られることによる。」(同六欄一四行ないし三〇行)と記載されている。

本件明細書の右各記載を総合すれば、構成要件Eにいう「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された‥‥台座電極」、構成要件Fにいうn電極が「台座電極と対角をなす位置にある」という構成は、それぞれ他方の構成と相まって、平面的にみて、台座電極とn電極とが矩形の対角線上の端の、最も離れた位置にあることを意味するものというべきである。

(二) 被告は、本件発明について、公知技術、本件特許出願の経緯等を根拠に、本件図面・図3のように、チップ(基板)及び透光性電極の大きさが台座電極やn電極に比べてはるかに大きい場合、すなわち、台座電極やn電極の大きさがチップ(基板)及び透光性電極の大きさに対し相対的に小さい場合を前提とするものである旨を主張する。

しかしながら、昭六二-二六七五号公開特許公報(乙第七号証)、平成九年一一月一〇日付け手続補正書(乙第八号証)及び同日付け意見書(乙第九号証)の各記載は、本件発明が台座電極やn電極の大きさがチップ(基板)全体の大きさに対し相対的に小さい場合を前提とするものであることを認めるに足りるものではない。本件明細書の「発明が解決しようとする課題」欄の記載(本件公報四欄一四行ないし二三行等)に照らしても、本件発明は、電極がチップに対してある程度の大きさを必要とすることを前提に、その電極によって発光が可能な限り遮られることのないようにすることを目的の一つとしていることは明らかであって、本件発明においては、台座電極やn電極の大きさがチップ(基板)全体の大きさに対し相対的に大きい場合も想定されているというべきである。本件図面・図3は、あくまで本件発明の一実施例についての図面にすぎないのであり、被告の右主張は、失当である。

(三) 被告製品の台座電極8は、目録図面記載のとおり、符号5-2の層上の、模式平面図に示されている位置にあり、また、被告製品のn電極6は、目録図面記載のとおり、符号4-2の層上の、模式平面図に示されている位置にある。そうすると、台座電極8とn電極6とは、電極として有効に機能する部分が広がりを有しているとしても、平面的にみて、矩形の対角線上の端の、最も離れた位置にあるといえ、被告製品の台座電極8は、「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された」ものであり、n電極6は、「台座電極と対角をなす位置にある」ものと認められる。

なお、被告製品の台座電極8が、p型窒化ガリウム系化合物半導体層に形成されたワイヤーボンディング用の台座電極であり、被告製品の透光性電極7が、台座電極8の下にp型窒化ガリウム系化合物半導体に接して形成された台座電極8よりも大面積を有する電流拡散用・オーミック用の金属薄膜よりなる透光性電極であること、被告製品のn電極6が、p型窒化ガリウム系化合物半導体層がエッチング除去されたn型窒化ガリウム系化合物半導体層表面に形成された、ワイヤーボンディング用の電極であることは、いずれも当事者間に争いがない。

(四) したがって、被告製品は、構成要件E及びFを充足する。

2  構成要件Gの充足性

(一) 構成要件Gは、「前記透光性電極が、対角の位置にある台座電極とn電極との間で、かつ発光観測面となるp型窒化ガリウム系化合物半導体層表面のほぼ全面にある」というものであるところ、その文理に加えて、前記のとおり、構成要件E及びFが、台座電極とn電極との平面的な位置関係を規定していること、本件発明が、電極で発光を遮られることなく効率よく外部へ発光を取り出し、均一に電流を広げて、発光効率を向上させるという作用効果を有するものであること、本件発明においては、台座電極が透光性電極上に形成され、透光性電極が必ず台座電極の下に存在するものであることなどを併せ考えれば、構成要件Gにいう透光性電極が「台座電極とn電極との間‥‥にある」という構成は、平面的にみて、透光性電極のかなりの面積を占める部分がn電極と台座電極との間にあることを意味するというべきである。

(二) 被告は、本件発明について、本件図面・図3のように、透光性電極の大きさが台座電極やn電極に比べてはるかに大きい場合を前提とするものである旨を主張するが、右主張が失当であることは、前記1(二)において説示したとおりである。

(三) 被告製品のn電極6、透光性電極7及び台座電極8は、目録図面記載のとおり、模式平面図に示されている位置関係にあり、透光性電極7は、台座電極8の前方ばかりでなく側方や後方にも広がっているとしても、平面的にみて、透光性電極のかなりの面積を占める部分がn電極と台座電極との間にあるといえ、「台座電極とn電極との間‥‥にある」ものと認められる。

なお、被告製品の透光性電極7が「p型窒化ガリウム系化合物半導体層のほぼ全面にある」ことは、当事者間に争いがない。

(四) したがって、被告製品は、構成要件Gを充足する。

3  構成要件Hの充足性

(一) 本件明細書の「作用」欄には、「n型層の電極とp型層の電極とを対角線上、つまり最も距離の離れた位置に配置することにより、電流を均一に広げることができ、発光効率がさらに向上する。またp型層の電極を透光性にしてp型層のほぼ全面に形成することにより、電流がp型層全面に均一に流れ、しかも発光は透光性電極を通して電極側から観測することができる。」と記載されており(本件公報七欄三〇行ないし三六行)、「発明の効果」欄には、「両電極を隅と隅との対角線上に配置することにより、p型層の電流を均一に広げることができ均一な発光が得られる。」と記載されている(同八欄二九行ないし三一行)。また、「課題を解決するための手段」欄には、「ワイヤーボンディング位置を互いに対角線上の端とすることにより、電流が電極5から電極4に流れ、均一な面発光が得られる。」(同六欄二〇行ないし二三行)、「同一窒化ガリウム系化合物半導体層から正、負両極を取り出す場合、そのワイヤーボンディング位置を電極4から最も離れた位置とすることにより、p型層3内に均一に電流を流すことができるため、均一な面発光が得られる」(同六欄二六行ないし三〇行)と記載されている。

本件明細書の右各記載に照らせば、構成要件Hは、構成要件EないしGの各構成を備えることによって得られる作用効果に関するものといえる。そして、前記認定のとおり、被告製品は、構成要件EないしGを充足するから、台座電極8とn電極6との通電により、「透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」ものと認められ、構成要件Hを充足するというべきである。

(二) 被告は、乙第一〇号証(試験・研究報告書)を提出し、被告製品とほぼ同じチップ及び電極の大きさを有する発光素子のモデルを用いてコンピュータ・シミュレーションを行い、台座電極とn電極とを被告製品のように矩形の対角線上で対向する位置に配置したものと、中心線上で対向する位置に配置したものとで、電流密度分布を比較したところ、そのシミュレーション結果によれば、両者の間に有意な差異はみられないとし、台座電極とn電極とを矩形の対角線上で対向する位置に配置したものが中心線上で対向する位置に配置したものと比べてチップ全体の電流密度の均一性が優れているとはいえず、被告製品のように、n電極と台座電極とが近接して配置され、それらの大きさがチップ全体の大きさに対し相対的に大きい場合には、構成要件Hにいう「台座電極とn電極との通電により、透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」という効果を奏しないと主張する。

しかし、同号証のシミュレーション結果からは、台座電極とn電極とを矩形の対角線上で対向する位置に配置したものが中心線上で対向する位置に配置したものと比べてチップ全体の電流密度の均一性が優れているとはいえないとは、必ずしも結論付けることはできないし、被告の主張するように、n電極と台座電極とが近接して配置され、それらの大きさがチップ全体の大きさに対し相対的に大きい場合には、構成要件Hにいう「台座電極とn電極との通電により、透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」という効果を奏しないと直ちに認めることはできない。

4  以上によれば、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属し、その製造・販売等は、本件特許権を侵害する行為に該当するというべきである。

三  争点3(先願特許実施の抗弁の成否)について

被告は、本件特許権より先願の被告第一特許及び被告第二特許に係る特許権を有しているところ、被告製品はいずれも被告第一特許及び被告第二特許の各発明を実施したものであるから、被告製品が本件特許権を侵害することを理由とする本訴請求に対し、特許法六八条に基づく「先願特許実施の抗弁」を有する旨を主張する。

そこで検討するに、特許法は、六八条本文において、特許権者が業として特許発明の実施をする権利を専有する旨を規定するが、特許権者による特許発明の実施であっても、他人の権利との関係において制限され得ることは当然であり、ある特許発明の実施であっても、それがその特許とは別個の他人の特許発明の技術的範囲に属するような態様でされる場合には、その他人の特許権を侵害する行為に該当するものとして、許されるものではない。そして、この理は、その他人の特許発明が先願であると後願であるとで異なるところはなく、例えば、ある特許発明が先願の特許発明を利用するものであり、特許法七二条により、その実施について当該先願の特許発明に係る特許権者の許諾が必要な場合であっても、その利用発明が特許として有効に成立している以上、当該利用発明により付加された発明部分はその先願の特許発明の技術的範囲に属しないものであり、当該先願の特許発明の特許権者が当該利用発明により付加された発明部分までをも自由に実施し得るというものではない。そうすると、被告製品が本件特許権より先願の被告第一特許及び被告第二特許の各発明を実施したものであるからといって、それだけで直ちに本訴請求に対する適法な抗弁が成立するものではない。

したがって、被告の「先願特許実施の抗弁」は、その主張自体失当というべきである。

四  争点4(差止請求の可否)について

被告が平成一二年二月一日まで被告製品を製造販売していたことは、当事者間に争いがなく、これに弁論の全趣旨を併せみれば、被告が将来において、被告製品を製造し、使用し、販売するおそれがあることが認められる。被告は、平成一二年一月末までに新製品への移行を完了し、現在は被告製品を製造・販売していない旨を主張するが、右以上に、被告において被告製品を今後製造・販売しないことを取引先等に表明する措置をとったなどの、主張・立証はなく、被告による被告製品の製造販売のおそれがあるという右認定を覆すに足りるものではない。したがって、原告は、被告に対し、被告製品の製造、使用、販売及び販売のための展示の差止め並びに被告の所有に係る被告製品の廃棄を請求し得るというべきである。

五  争点5(原告の損害額)について

本訴請求は、損害賠償金の一部請求として、一億円及びこれに対する平成一二年三月二八日(同月二七日付け訴変更の申立書送達の日の翌日)からの遅延損害金の各支払を求めるものであるところ、被告が平成一〇年二月二〇日から平成一二年一月末日までの間、被告製品を製造・販売し、少なくとも一億円の利益を得たことは、当事者間に争いがない。そうすると、原告は、特許法一〇二条二項に基づき、被告に対し、損害賠償として少なくとも一億円及びこれに対する平成一二年三月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めることができるというべきである。

六  以上によれば、原告の請求は、いずれも理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 中吉徹郎)

<以下省略>

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